ジャズというと、
大人の高尚な音楽というイメージから、
ハードルが高いと感じてしまう
人も多いかもしれませんが、
決してそうではありません。
今回は、ジャズに精通し、
4月9日まで開催中の
ART in MUSIC 「POINT OF JAZZ」を
監修したジャッジメントエンターテインメント
代表の塙耕記氏、
K.Abeアーカイヴ担当の阿部昇氏、
ジャズアート作品を手掛ける
造形作家・徳持耕一郎氏から、
アートを入り口にしたジャズの
楽しみ方についてお聞きしました。
―ジャズとアートの分野で活躍されているお三方ですが、ジャズとはどのように出会われたのですか。
塙 実は僕は生まれたときからジャズに触れていまして。というのも両親が茨城・水戸で1970年からジャズ喫茶を経営しているほどのジャズ好きで、家ではいつもジャズが流れていたんです。といっても僕自身は当時からジャズに興味があったわけではなく、むしろガンガンにジャズが流れている親父の車に乗るのが嫌だったほど(笑)。それが中高生になり、自分でいろいろな音楽を聴くようになったときに、「あれ、この曲知っている」と自分の中で繋がっていき、ジャズの世界に惹かれていった感じです。その後、長年勤めたディスクユニオンでジャズ部門に携わった後、昨年2022年に念願だった自分のレコードショップを東京・東中野にオープンしました。
阿部 そういう意味では僕も同じですね。父・阿部克自がジャズ・カメラマンだったので、いつも仕事部屋からジャズが聞こえていましたから。父は戦後間もなく進駐軍のキャンプに出入りしていたことからジャズに触れ、どっぷりはまっていったようです。グラフィックデザイナーとして、ジャズのレコードジャケットも手がけていましたが、そのときに提供される写真が気に入らなかったことから、自分で撮影するようになったとか。かくいう僕自身、子供のころは父の部屋からジャズが流れ始めると、そっと扉を閉めていましたが(笑)、やはり身に染みついていたのでしょうね。気づいたらジャズの魅力に取りつかれていました。
徳持 僕はおふたりのような環境には全然なかったですね。僕は鳥取でジャズに触れることなく20代まで過ごし、1980年代に東京に出てサラリーマンをしながらこつこつと版画をやっていました。そんなときにニューヨークで展覧会をやらないかと声をかけられ、そのギャラリーの所在地がジャズの本場として知られるグリニッジ・ビレッジだったんです。ギャラリーを出て、左に曲がればビレッジ・ゲートとブルーノート、右に曲がればボトムラインと、有名なジャズバーが集まっていましたから、これは聴いて帰らねば!と夜な夜なお店を巡りました。そこでサラ・ヴォーンやジャニス・イアンの心揺さぶる歌声を聴いたとき、青春時代の気持ちが蘇って涙が流れてきて。まさに「生けるジャズ」と出会った瞬間でした。
―今までジャズに触れたことがない人も多いと思いますが、初心者はどんなところから楽しむといいでしょうか。
塙 ジャズは高尚な大人の音楽だと思っている人も多いようですが、決してそんなことはありません。そもそもが自由な音楽、即興音楽なので、決まった型もありませんし、難しく考えなくていいんです。僕がディスクユニオンにいたころも、よくお客さんからおすすめを聞かれましたが、いわゆる名盤ではなく、「ピアノが聴きたい」とか「癒し系の音楽がいい」とか、お客さんの好みに合わせて選んでいました。そこを入り口に「この間のおすすめ、よかったですよ」と言われたら、「じゃあ、これも好きだと思いますよ」という感じで、次から次に世界を広げていってもらう。そうやって自分が好きな音楽を見つけるのも楽しいですよね。
阿部 ジャケットから入るのもいいと思いますよ。私の父は「このアーティストのジャケットはこんなデザインにしたい」という思いが強く、自分で写真を撮るようになったぐらいですから。少なからずジャケット自体にも、その音楽の魅力を表現していると僕は思っています。逆に中身よりジャケットのほうがいい、なんてこともありますからね(笑)。
徳持 それは大いにあるでしょうね。僕も初めて、イラストレーターのデヴィット・ストーン・マーチンが手がけたジャケットを見たとき、なんて素敵なジャケットなんだろうと感動し、そこからジャケットにも注目するようになりました。中にはジャケットが気に入って買い、一度も聞いていないレコードもあるぐらいです。ですから今回のように、ジャズのジャケット300枚が一度に見られるのは、マニアはもちろんジャズに触れたことがない人にも、めったにない良い機会ではないかと思いますね。
塙 “ジャケ買い”という行動は昔からありますし、アートとしてのジャケットをきっかけに、ジャズの世界に触れていただくのもありだと思います。今回、展示物の監修をさせていただきましたが、タイポグラフィーやアーティスト写真、イラストなど、ジャズの世界観を感じられるものから奇抜なものまで、幅広くセレクトしました。
―BAGでは「暮らしとアート」をコンセプトに展示を企画していますが、今回の展示の見どころを教えてください。
塙 僕は、50-60年代のミッドセンチュリーの家具が好きで、店舗でもこだわりの家具に、こだわりのオーディオをコーディネイトしています。自分が好きなソファに座り、お気に入りのジャケットを眺めながら、音のいいオーディオが奏でる音楽を聴くのが、僕にとって至福のひとときなんです。リビングや書斎でジャズを楽しむ空間としてコーディネイトし、ジャズというアートを暮らしに取り入れるのも、ジャズの楽しみ方のひとつではないかと思いますね。BAG+1では、そんな“ジャズのある暮らし”の空間も再現していますので、何かヒントを得ていただけるとうれしいです。
阿部 僕自身、父親の写真展は何度か開催したことがありますが、ジャズをテーマに、ジャケットあり、立体アートあり、の展示は初めてなので、すごく新鮮でした。印刷では伝わりにくいディテイルが、オリジナル・プリントには鮮明に表れています。未発表作品も多く展示してありますので、会期中にしか見られないジャズミュージシャンの表情をより生き生きと感じていただけるのではないかと思います。
徳持 僕は常日頃から、ジャズという音楽をビジュアル化する作品づくりを行っています。例えば今回出品している鉄筋彫刻は、今にも音色が聞こえてきそうな躍動感あるジャズミュージシャンの姿を表現していますし、地元・鳥取の個展では、ジャズライブの演奏に合わせて、僕自身がドローイングをしている映像をスクリーンに流したりしています。今回の展示でも、ジャケットや写真、僕の作品を見てもらうことで、頭の中でジャズが聞こえてくるような体験をしてもらえたらうれしいですね。そこに聞こえてくる音楽は、今まで聴いてきた音楽や体験したことによって、ひとりひとり違うはず。アートから楽しむジャズには、そんな魅力があると思っています。